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BLOG-ROMMER 日高のブログ

ESEC2005 「すでに未来が始まっている?」 組み込みシステムは新たなる時代へ

組み込みシステムの定義はマイクロコンピュータの歴史が始まって以来、あまり変わって来ませんでした。一般には英語の「Embedded System」に対応する日本語で、各種産業用や家庭内機器において特定用途に特化した機能を実現する、マイクロコントローラとそれを動作させるソフトウェアを搭載した装置のことを言います。これに対するものとしては、汎用コンピュータがあり、メインフレームやワークステーション、PC等が該当します。

しかしエレクトロニクスやソフトウェア技術が高度に発展しつつある現在、そんな従来の常識が代わりつつあると言えます。例えば携帯電話やデジタルカメラは、組み込みシステムでしょうか?ロボットはどうでしょう?PCは元々パーソナル・コンピュータの意味ですが、仕事で使うWord、Excel、Webブラウジングとメールの専用機のWindowsよりも、最近の携帯電話の方がずっと「パーソナル」な汎用ツールだとは感じていませんか?

今年も開催される「組み込みシステム開発技術展」を機会に、ここ数年進化が著しいコンシューマ機器に使用されている技術とその動向をヒントにして、新しい組み込みシステムの方向をさぐってみます。

Intelの動向から予測する


Intelはご存知の通り、世界最大規模の半導体メーカであるとともに、PCを構成する主要な半導体のほとんどを供給していますが、最近の動向を見るとPC中心のビジネスから、デジタルホームと呼ぶ家庭内ネットワークの分野に進出して行くようです。Intelによるとデジタルホームを実現するためには、次の3つの要素が必要だということです。

  • IPネットワーク
  • 家庭用PC
  • ブロードバンド

この中で実際に現在Intelが得意としている製品分野は、家庭用PCだけに過ぎませんが、家庭においてデジタルコンテンツの家庭内配信を行うホームサーバとしての役割をWindows PCに持たせようとしています。そのためにDLNA(Digital Living Network Alliance)の相互接続ガイドラインと、DTCP-IP(Digital Transmission Contents Protection over IP)によるデジタルコンテンツの著作権保護を推進しています。

DLNAは、UPnP(Universal Plug and Play)の規格をベースにして、家庭内ネットワークにおいてPCや情報家電、モバイル機器の相互接続を推進する協議会で、Microsoft、Intel、IBM、HP、TI、Philips、SAMSUNG、ST、NOKIAのほか、松下、ソニー、シャープ、NEC、富士通等の多数の日本メーカも含めて214社が参加しています。

DTCP-IPは、米DTLA(Digital Transmission Licensing Administrator)社が仕様を策定したIEEE 1394などのデジタル・インタフェースに実装されていたデジタルコンテンツ保護規格のDTCPを、IPネットワーク上に実装したもので、有料コンテンツを家庭内ネットワーク配信することを可能にします。デジタルコンテンツの取り扱い方には、まだ国によって格差がありますが、DTCPの策定に当たってはハリウッドや音楽業界の意向を反映しているため、コンテンツ提供業者には受け入れられ易い規格になります。

しかしIntelではホームサーバ用PCとともに今後、力を入れて製品化して行くものがあります。無線IPネットワークと無線ブロードバンドです。
Intelではすでにパーソナルエリアの新しい無線技術としてMBOA (Multiband OFDM Alliance)が策定するUWB(Ultra Wide Band)を基盤としたWireless USBの規格化を2005年5月に終了させ、製品化を進めていますが、それとは別に、今まで提唱してきたCMT(Centrino Mobile Technology)も置き換えていきます。CMTでは、全てのノートPCにWiFi 無線LAN(802.11x)を内蔵させ、無線LANの普及に寄与しましたが、その後継にはWiMaxを導入します。

WiMAXはIEEE802.16aとして規格化され、1台のアンテナで半径数10kmのエリアをカバーし、Wireless MAN(Metropolitan Area Network)を構成することができる、最大70Mbpsの速度を実現する無線通信技術です。この技術により、今まで利用場所が限られていた無線LANのアクセス範囲を広げるとともに、人口の少ない都市や郊外の地域など、世界中のあらゆる地域にブロードバンド・ワイヤレス・アクセスを提供できるようになります。Intelでは2004年にIEEE802.16a用コントローラチップの開発を終え、2005年9月に規格化予定の、時速120kmまでの移動体通信を行うIEEE802.16eへの対応や、基地局用装置や顧客宅内装置(CPE)の開発を表明しています。

802.16は802.11と共存できるため、既存の無線LANを置き換えるのではなく、補う形で設置される事になります。つまり屋内のノートPCやPDAで無線LANを使用していても、都市エリアに外出して移動するときには、802.16で接続を維持するといったことが可能になります。

携帯電話が無くなる?


このようにWireless MANが本格的に普及すれば、既存の携帯電話の地位が脅かされます。キャリアやプロバイダが何も対策をしなければ、Skypeやmessenger等の無料または低価格のIP電話サービスを、Wireless MANのエリアで、携帯電話のように利用することができます。携帯電話事業者の多くは3Gの普及とその先にある、3.5G/4Gのサービス策定に注力しているようですが、固定電話のIP化が一気に進んだように、携帯電話のIP化も急激に行われる可能性があります。

アステル東京を運営している鷹山(YOZAN)は、2005年12月からPHSの基地局を置き換えて、WiMaXによる定額制の通話とデータ通信サービスを始めることを表明しています。またソフトバンクやイー・アクセスなどのプロバイダが、携帯電話への進出を行う背景には、Wireless MANのような新技術の導入により既存の営業実績に関わらず、業界の地図が再編成される可能性があるということと、日本政府がいち早く802.16系の導入を決め、周波数割当てを見直したという理由があります。

今年5月16日の電波法改正では、やっと日本でも世界標準の5GHz帯の周波数が無線LANに割当てられて、使えるようになりました。こうした政府の規制緩和と電波の世界標準への対応の動きは、2006年に製品が出始めると予想されるIEEE 802.20 MBWA(Mobile Broadband Wireless Access)への対応を見越しています。802.20は既存の携帯電話機器と比べて低コストに導入でき、完全に既存の携帯電話網を置き換えてIP化を推進できるため、4Gは不要だという予測もあります。表1に、携帯電話と無線LAN, Wireless MANの通信規格をまとめましたので、参照して下さい。

技術の進化によって商品やサービスを提供する企業が変わり、乗り遅れたメーカが淘汰されることはよくあります。電話交換機がIPルータやPCに変わり、毎年のように新しい電話業者が生まれている現在、例えばIntelやMicrosoftが携帯電話を作ったり、電話会社を始めたりしてもおかしくない状況が来ていると言えましょう。6月29日のキーノート・スピーチはビル ゲイツ氏ですから、会場ではMicrosoftが何を狙っているのかを聞く事ができます。

コンセントで通信


2005年には、日本の産業界に大きな影響を今後与えると思われる、長年待たされている政府の規制緩和がもう一つあります。
2005年1月に総務省は、電源コンセントを通信に使うPLC(Power Line Communication)電力線通信の実用化を議論する研究会を、「高速PLCの実用化は困難」という結論が出た前回から2年半ぶりに開催し、2005年10月に結論を出すスケジュールで進め、遅くとも2006年までに解禁とする検討をすることになっています。日本の場合は最初、屋内の配線に留まりますが、一つの変圧器内で3kmの通信ができることから、スペインではすでに屋外でWAN用途の実用化も始まっているため、日本にも導入される可能性があります。

高速PLCは、日本では導入に慎重な意見が多いのですが、筆者らが2000年9月にインターフェース誌に紹介記事を書いたように、欧米では古くから研究が重ねられて来ました。特にスペインのDS2社の技術は2001年からOFDM方式による45Mbpsの速度を実現し、2003年には200Mbpsのチップを出荷して、すでにスペイン、ドイツ、米国を始めとする欧米では、実用化されています。日本では、松下が独自のWavelet-OFDM方式で170Mbpsの通信実験を行っています。

PLCの標準化団体は、古くからあるHPPA(HomePlug Powerline Alliance)と、前述のDS2社、伊藤忠、住友電工、東洋通信機などで構成するUPA(The Universal Powerline Association)のほか、松下、三菱電機、ソニーが2005年1月に立ち上げたCEPCA(CE-Powerline Communication Alliance)があります。ただし、CEPCAの場合は他の二つの標準化団体とは違って通信方式までは規定しないので、相互接続性はありません。
今回の研究会で高速PLCの規制が緩和されれば、日本の住宅事情と家電事情を反映して、各家電メーカから多くの製品が出てくるだけでなく、FA分野にも急激に広まって導入されることが予想されます。PLCでは電源コンセントがHUBになるため、白物家電等の通信ケーブルの引き回しが難しい大型の装置には有効ですし、プラグ型のメディアコンバータを使用して、全てのコンセントを100Base-Tのソケットにする事が可能になります。

未来が目の前に来ている


図1に、総務省の平成16年版情報通信白書による、ブロードバンド・ネットワークの普及状況を示します。一方図2は、同じく情報通信白書による、携帯電話の契約数です。これらを見るとわかるように、日本ではDSLと共に、ブロードバンドが急激に立ち上がって普及してきた事がわかります。しかしブロードバンドの人口当たり回線普及率では、世界で1位の韓国の60%には、まだまだ遠く及びませんので、今後も伸びることが予想されます。

一方で携帯電話と携帯インターネットはすでに2004年で頭打ちの傾向が見られていることがわかります。現状の携帯電話は、ブロードバンドとはなり得ないのですが、前述のように今後Wireless MANの導入がうまく行けば、日本のブロードバンド普及率もさらに上げる事ができるかも知れません。PDAはそれほど普及しませんでしたが、いまや携帯電話は幼稚園児にまで持たせるほど普及している時代です。その携帯電話を使用してブロードバンド通信ができるようになると、どんな事ができるようになるでしょうか。
ブロードバンドでは、通信データ容量を気にしなくてもよいので、単なる液晶ディスプレイの平面カラー画面表示だけではなく、よりユーザ・フレンドリなインタフェイスが実現されるかも知れませんし、端末で起きているあらゆる情報をサーバに送り続けることも可能かも知れません。また、ブロードバンドの普及は、IPネットワークの普及を意味します。例えば今までアナログ・モデムやDoPa等のやや特殊な通信網を使用していたアプリケーションは、低コストでIPベースに置き換えることが容易になります。
また将来は、放送を含めて、あらゆるデータ通信がすべてTCP/IPになる日が来るかも知れません。現在は、通信のIP化の入り口に入っている状態と言えます。

今までなかった未来型の通信方式として、可視光通信があります。
LEDは、信号機を始めとして各種表示用に使用されていますが、現在白色系のLEDを使用して蛍光灯の代替として使おうとする開発がさかんに進められています。可視光通信は、このような照明用を始め各所に設置する信号用や掲示用LEDを高速に点滅させて、その光の変化によりデジタルデータ通信を行う技術です。LEDは高速に制御する事が可能なため、数Gbpsの高速通信が可能になります。
似たような技術に赤外線通信がありますが、可視光LEDでは目的に応じて出力を上げたり、複数の光源を同時に操作して複数チャンネルの通信をしたりできるため、家庭用、事務用だけでなく、屋外、自動車を始めとする各種交通機関、FA、医療機関など無数に応用分野があると言われています。可視光通信を標準化し、普及させるための可視光通信コンソーシアム(VLCC: Visible Light Communication Consortium)が設立されています。

DVD等の光ディスクの読み出しや光ファイバの受光部に使用されている光半導体素子は、今後新しい規格のメディアに対応するためにさらに改良されて行きますが、そのほかに前述の可視光通信用を始め、通信や検知に使用する光センサとしての機能も見直されています。

光を扱う分野では、マイクロマシンのようにシリコン上に形成した、稼動する微細なミラー等を使用して、入力した光をそのまま扱い、高速に出力先を制御して切替える素子の開発があります。すでにTIのDMD(Digital Micromiror Device)素子を使用したDLP(Digital Light Processing)方式のプロジェクタは実用化されていますが、最も期待されているのは今後増え続ける光通信のトラフィックを光信号のままスイッチする「光スイッチ」です。lucentでは他社に先駆けて光スイッチ素子を開発し、製品を実用化していますが、ネットワーク・スイッチ分野への応用は、今後増大するトラフィックを制御する手段として、各社で開発が行われています。

光や画像に関連した技術では、眼鏡無しで見ことができる三次元立体ディスプレイ装置も最近では珍しくなくなりました。(株)バートンと慶應義塾大学理工学部では協力して、空中をディスプレイにして、レーザ照射で図形を描画する装置を試作して、デモを行いました。

かつてアラン・ケイ氏が提唱したDynabook構想は有名でしたが、すでに今の世の中にはそのDynabookにかなり近いものができて来ていると言えます。それどころか、その次に実現させるべきものを考えて、開発する時期にさしかかっていると言えます。例えばスタートレックのワープやリプリケータまで実現するのはまだ難しいにしても、話言葉によるコンピュータとのインタフェイスや、所在やセキュリティ管理ができるようになりつつあります。所在管理に関しては、すでにRFIDで実用化されていますが、セキュリティ認証用途が急激に広がり、各種バイオセンサの開発が進められている点も見過ごされません。
それから鉄腕アトムほどは賢く無いにしても、ロボットも市販、実用化されて、珍しいものでは無くなっています。これも各種モータを始めとする、電磁駆動技術や制御技術の発明を組み合わせた成果と言えます。簡単に言えば、一昔前に人間が空想していた「未来」が始まっているという事です。

これまで上げてきた最近の技術をヒントにすると、未来の技術の本質は、従来までのデバイス、電子回路やプログラムとは別の所にあるということがわかります。例えば、装置とのインタフェイスを考えてみた時に、キーボード、マウス、ビットマップ・ディスプレイをいかに利用するのかという、いわゆるGUIの世界ではなく、より簡単に正確に命令とレスポンスを伝達するHuman Interfaceとも呼ぶべき手段を考えるというところに来ています。

組み込みシステムで考えると、新しい時代の組み込みシステムは、従来の回路やプログラムやデバイスの範疇を超えたところにあるのではないかという事です。今までは大容量に、小さく、速くしてくれば良かったものが、新たに何かを発明したり、いままでに無い組み合わせを実現させたりすることが必要な時代になってきています。これは電子技術にとっていえば、真空管からICに替わった時、アナログからデジタルに替わった時よりも、大きな時代の変化かも知れません。そのような新しい時代のヒントを今回の「組み込みシステム開発技術展」で探してみてはいかがでしょうか。

参考


参考までに、記事中で紹介した各標準化団体の名称とURLを示します。

UPnP(Universal Plug and Play)
http://www.upnp.org/

DLNA(Digital Living Network Alliance)
http://www.dlna.org/home_jp/

Digital Transmission Licensing Administrator
http://www.dtcp.com/

MBOA (Multiband OFDM Alliance)
http://www.multibandofdm.org/

Wireless USB
http://www.usb.org/wusb/

Wifi
http://www.wi-fi.org/

WiMAX
http://www.wimaxforum.org/

The IEEE 802.16 Working Group on Broadband Wireless Access Standards
http://www.ieee802.org/16/

IEEE 802.16 Task Group a
http://www.ieee802.org/16/tga/

IEEE 802.16 Task Group e (Mobile WirelessMAN)
http://www.ieee802.org/16/tge/

IEEE 802.20 Mobile Broadband Wireless Access (MBWA)
http://www.ieee802.org/20/

Skype 信頼できる無料インターネット テレフォニー
http://www.skype.com/

HPPA(HomePlug Powerline Alliance)
http://www.homeplug.org/

UPA(The Universal Powerline Association)
http://upaplc.org/

可視光通信コンソーシアム(VLCC: Visible Light Communication Consortium)
http://www.vlcc.net/

(以上:2005年5月執筆)